「にしうら」からこんにちは
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みたり・きいたり 『主一人』 Z 

主一人 書き込み帳

次をそれぞれクリックして頂くと各内容をご覧頂けます。 

はじめに・目次一覧 ・ T 見たり聞いたり ・ U 旅行記 中国 ・ V 旅行記 シルクロード 
 W 体験 ・ X 恋物語 ・ Y 出会い ・ Z 時事刻々 ・ \ 童謡50曲国  


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   世 相 時 々 刻 々  



      有事法制関連3法案   が・・・      (平成15年6月7日)

    国会で成立しました。しかも与党だけではなく民主党も賛成して約9割の議員の賛成です。
    この法案は、
    日本が外国から武力攻撃や大規模なテロあるいはゲリラ攻撃の緊急事態に対応するためのものです。
    日本から戦争を仕掛けたり、外国の戦争に荷担するものではなく、
    あくまでも日本国民の生命財産を守る為のものであることは言うまでもあません。

    日本国憲法第9条は、紛争解決のための武力行使を禁止し戦争放棄をうたっています。
    だからと言って日本は戦争とは無縁だと言いきれるでしょうか? 
    そこが国際情勢の難しいところですね。
    だから攻撃されたときの備えのための制定です。いわば有事に対応するためのマニアルですね。
    私は賛成します。が何時までも使わずにお蔵いりさせておきたいです。戦争は絶対反対だから。

    ところが先日、小泉首相は参議院の答弁で
    「自衛隊を軍隊と言えるように」と発言しました。
    軍隊は戦争をするためのもの。私はあくまでも防衛のための自衛隊であって欲しいと思う。
    軍隊という言葉から私は、杞憂かも知れませんが戦前の軍国主義時代をイメージします。

    軍国主義と言うには、軍部が政権を握って全てを支配することです。
    当時は、富国強兵と言って国を繁栄させるためには軍隊が強くなければいけないとばかりに徴兵制度があり、
    好き勝手なことを言ってはけないと言論統制がありました。
    違反すえば国賊扱いされて厳しく処罰され、時には極刑もありました。 

    私はその軍国主義時代にどっぷり漬かって育てられました。
    今は自由主義社会です。何を言っても自由です。政府を批判してもだれも咎めません。
    これでいいと思います。

    私は、これを当たり前とする今の時代から再び軍国主義時代に逆戻りしたくないために、
    当時の様子を知る数少なくなった一人として次号から述べて見ようと思います。

     エ イ ズ 問 題      (平成15年4月30日)     

    平成15年4月26日NHKのスペシャル番組でエイズ問題がとり上げられていた。テーマは
    「エイズ・感染爆発をどう防ぐのか」若者に急拡大するエイズ▽無防備な性行動・予防教育の効果は
    ▽偏見が招く感染爆発▽若者もスタジオ参加 と言うものでした。

    私はエイズ問題は、売買春か奔放な性接触行為を原因として発生する不純行為なのだから軽蔑していました。
    それをNHKがとりあげるとは? 軽く見るつもりが最後までしっかり見ました。
    そして私のこの問題に対して偏見を持っていたことを知りました。

    今若者(高校生から一部中学生を含む)を中心に、エイズの感染が爆発的に拡大していると言うのです。
    原因はたくさんあるようです。その中でも出会い系サイトによる交際の中に問題が多く含まれています。
    こんな例も紹介されていました。

    ある女子高生が勉強で落ち込んだときに携帯電話から出会いサイトにのめりこみ、日に数回のやり取り
    1ヶ月ほど経過して本当に出会ったところ初対面の感覚が無く旧知のように親しくなり自然に性的接触を持った。
    いつしかそれが複数になりエイズウイルスに感染していた。誰からかは特定できない。

    好きになった愛している。その結果の性接触は自然の成り行きかも知れない。
    しかし病気の予備知識もなく、接触に当たって予防もしない。感染しても不思議ではないのが現状です。

    こんな例もありました。
    正常に結婚した夫婦の間に出来た赤ちゃんの様子がおかしい。発熱呼吸困難の繰り返し。
    検査の結果 エイズに感染していた。   なんで? 性接触のない赤ちゃんが?
    両親が感染していたのだ。夫婦は結婚する前にそれぞれ別の相手と性接触の経験がある。
    それが複数となると感染経路を特定することは難しい。

    番組のお終いに登場された女性は、教員をしていたがNPO活動の一端として赴いたタンザニアで
    現地の人と親しくなりその地で生活を予定していたが帰国しなければならなくなった。
    子どもが欲しくなって性接触をした。結果エイズに感染した。出産されたかどうか聞き漏らした。

    エイズに感染した親から生まれてくる子供はそのときから感染している。不幸なことだ。

    これら、知識のないままに本能に駆られて性接触を求めるている若者が、エイズに感染する実態を知った。
    恐ろしいことだ。もっとエイズのことを啓発して防ぐべきだ思う。

     イ ラ ク 問 題      (平成15年4月8日)     

    平成15年4月6日 随分長い間ご無沙汰していた。
    その間に世界情勢の変化は大きい。いま中東アジアの国イラク問題が取りざたされている。
    そのことについて何か書きたいなと思っていたのに纏まりが付かないままに今日まで来た。

    12年前 イラクは隣国クエートを攻め占領した。国際世論はこれを非難してイラクを懲罰した。
    湾岸戦争だ。結果イランが持つ破壊兵器を廃棄することを条件に停戦したと言う。
    イランはフセインが率いる独裁国家と言われている。

    以後その破壊兵器の廃棄については進展しなかったらしい。国連の査察も拒否したことから経済制裁が行われていた。
    その後アメリカの強硬な要望により査察を再開したが、アメリカ手ぬるいとして武力制裁を訴えた。
    しかしイギリスを除く欧米諸国は査察の継続を主張して武力制裁を否定した。

    今年3月22日アメリカ・イギリスは国連の決議のないままにイラクに対し武力制裁(攻撃)に踏み切った。
    国際世論は、米英の行動イラクに対する戦争の仕掛けであるとして反対する声がたかまっている。

    米英主張の当初は大量破壊兵器の廃棄を目指すとしたが、フセイン独裁政権の打倒も加え正義を主張する。
    独裁政権を倒すことは国民が選択すべきことだから内政干渉だという声もある。
    イラクのフセインは戦争反対の国際世論を利用して米英を侵略者として抵抗している。

    日本政府はアメリカの主張を武力行使には加わらないことを前提に支持した。
    私もそう思う。
    戦争反対を誰しも唱えるのは当然のことだ。

    武力制裁の警告に対し抵抗しなければ戦争にはならない。また実施された段階で抵抗をやめればこれも同じ。
    武力行使は目的を遂げるまでやめられない。むしろ抵抗をやめれば直ちに戦争は終結する。
    今、戦争反対は武力行使の中止を呼びかけている。それよりも抵抗中止を求めるべきだ。

    60年前、日本はアメリカの攻撃を受け抗戦していた。が無条件降伏したことで戦争が終わった。
    当時の日本は軍事政権のもとで一切が仕切られアメリカと戦っていた。私は軍国少年真っ最中であった。
    軍国少年というのは、国のために兵隊となり身を捧げることを最高の名誉として教え込まれていた。
    国際情勢を知らされていない感覚すればそれが当たり前だと思っていた。

    だから日本が何故無条件降伏したのか当時は理解できなかった。
    それは国民の犠牲を増大させないためだったのだ。
    無条件降伏下以上は相手の良いなりになるのは当然。軍隊は解体し軍事政権は終わった。
    アメリカは民主政治を用意していた。
    それまで民主主義を知らなかった軍国少年にとっては目を見張ることばかりだった。


    2003・4・7米英軍はイラクの首都バグダッド市の政権中枢部を占拠した。
    フセインは相変わらず国民の犠牲を顧みることなく徹底抗戦を呼びかけ自分は逃げ回っている。
    降伏していないから攻撃は続く。国民は巻き添えを食い犠牲が増えている。

    この戦争は何時どんな形で終決するのだろうか。
    イラク政権の無条件降伏またはフセインの補足が無い限り難しいが
    フセイン及びイラク政権の統治能力が無くなったと明確に判断されたときに終わると思う。
    しかしいわゆる敗残兵によるテロまがいの散発的な抵抗が続く限りイラク国民には平和は訪れないだろう。

    現在のイラク政権の統治能力がなくなった後をどうするかについて、今日米英首脳が会談して発表した。
    米英による暫定統治→暫定政権→イラク国民による民主的政権
    無条件降伏後の日本の様子に似ている。私はこれを支持する。

    一日も早い戦争の終結が欲しい。

    <

    今 日本の政治の動きが気になります。
    有事法案や情報管理法案など、これでいいのかな? という思いが強くなります。
    

平成14年(2002年)初頭のメッセージ

     スーパーシニアを目指して      (平成14年1月20日)     

     
      今年傘寿(数え80才)を迎えた

      満年齢では78年10ヶ月の今、
      80才にはまだまだ?だと思っていたのに、
      もうって感じだ。
      どっちにしても大した違いはない。
      祝って貰えるなら快く受けよう。


   1月19日、NHKスペシャル番組「2002年日本経済は再生できるか」と題して徹底討論があった。

   小泉内閣の構造改革を巡って、塩川・竹中両大臣に、地方自治体・経済界・労働組合・中小企業のリーダーが、迫った。
   当初はお歴々のお座なりの論議と見ていたので初めの内容は若干聞き漏らしたが、次第に引き込まれた。
   総体的に、高所からの一方的なものではなく、国民の目線に沿った議論が多かったからだ。

   構造改革は、それを唱えた小泉さんを国民が選んだのだから支持しよう。

   ペイオフは、金融機関が破綻しなければ心配はいらない。

   健全に運営している金融機関を破綻しないように政府が援助すると言うこと。
   この4月から実施されるがあと1年調整期間があるようだ。その間に金融機関は努力すべきだ。

   不良債権を処理すると称して10を回収しても再度融資する時点では、その3割しか融資しない。
   それでは中小企業は立ちゆかない。  それらを含めて指導監督を強化する と。

   中国・韓国・その他東南アジアに資本が流出して産業の空洞化が進んでいる。

   これは先進国の共通の悩みであり避けて通れない問題だ。ではどう克服するか。
   日本は、150年前と戦後と大きな変革に遭遇した。
   時の国民は「欧米に追いつけ追い越せ」をキャッチフレーズに努力した。
   国民の気力と意気込みがあった。今はそれが見られない。
   (その時はどちらかと言えば日本は後進国であった)

   先進国になった今は、何をキャッチフレーズに気力と意気込みを昂めるべきか?
   日本は技術国として優れている。そして消費者としてまだまだ余裕がある。
   日本人は少々高くても優れた物を求めている。まずそれを開発して提供したらどうか。

   例として、東大阪の町工場40社ほどが集まって、宇宙衛星づくりに取り組んでいる。

   政府に何とかしろとか当てにして頼る従うではなく、自らの力を発揮する努力をすべきだ。

   それを政府が援助するという形が好ましい。自主・自立を心がけるべき。

   税制改革は、次の4つを重点的にグローバルの視点から行うという。

   @ 今の夫婦子ども二人で所得限度額は384万円、これを引き下げ、税率と社会負担費の双方で調整する。
   A 特定財源をそれに絞らないで一般財源にも振り向ける。
   B 地方と国の配分を見直す。
   C 制度の簡素化を図る

   そのためには、税金の使い方を根本的に見直し、行政そのものの在り方も検討する。
   そして、納得して税金が払えるよう、国民に不平等感を与えないようにしたい。

   どれも当たり前のことだけれど、どう達成するかが問題です。

   締めくくりは 「2002年 日本経済は再生できる」 でした。

   私が注目したのは、塩爺いこと塩川正十郎さん(80才)。財務大臣です

   彼が登場した当初、何を今更そんな年寄りが役に立つの? 単にご意見番的な飾りなら要らない。
   前の宮沢さんだって、官僚の代弁者みたいだったし。年寄りの出る幕じゃない。と思った。

   ところが今彼の話を聞いて、国民の立場をよく理解し、自分の言葉で全て前向きにしゃべっている。

   彼はまさしくスーパーシニアのチャンピオンだ。

   傘寿を迎え、それなりの分野でスーパーシニアを目指す私にとって、刺激になり励みになった。
   まだまだこの年齢で、社会に貢献している人はたくさんいると思う。

   声が頂けたら ありがたいと思います。



     新しく成人された方々に聞きました

    お年玉が貰えない
   来年からお年玉が貰えなくなるので少し寂しい。
   でも、何かしら社会人として自覚と責任を持たなければいけない年齢になったのだとは思えば納得できる
   ※ 高校を終えてからはお小遣いは自分で稼いでいるのに…。
   お年玉を貰うことは嬉しいようだ。別ものなのだろうか? 

    何が楽しいかと言えばーー
    映画を見ること、クラブ活動、いろいろあるけれど、なんと言っても友達とおしゃべりすることが一番楽しい。
   話の内容は特別に何も無いけれど、からかったりからかわれたりワイワイガヤガヤすることが…。

    20 才になった今の目標?
   ・ 何かまだピンと来ない。
   ・ いままでとあまり変わらない。
   ・ バイトでレジ打ちにミスしな いように。横柄な客にも平静に接したい。
   ・ 歯科医療士の国家試験に合格 して一日も早く第一線で仕事がしたい。
   ・ 看護の勉強を通じて人に対する優 しさの大事さを学んだ。また今の不景気 <
     を見て何故こうなったのか、これから経済の勉強をしたい。
   ・ 当面の目標は運転免許を取得し、大学卒業に向けて全力投球する。
   ・ 20 才になったからという実感がわかない。社会人になったら何とか方向が見いだせると思う。 

    最近のニュースをみて 印象に残ったこと
   ・ 通り魔的な犯罪が無くなって欲し い。
   ・ テロ行為は最低。
   ・ それにしても今の報復爆撃は、や りすぎだと思う。
   ・ 関係のない一般の人々の犠牲が大 きすぎる。
   ・ 裸足の子ども達を見て、靴を送る 運動を知った。私も参加したい。
   ・ テロに報復、しようがないと思う。 日本は難民の救済に力を注ぐべき だと思う。

    若い人たちの考えていることが聞きたくて、インタビューしました。
    総体的に20才になったからといって特別の感覚はない。また地域にたいする関心は少ない。
   これは若者の特性なのだろうか?
    しかし自分の方向はしっかり持っている。また社会を見る目も一般社会人同様鋭い。
    将来を担う若者に祝福します。

        高齢者の役割

    20世紀に日本は民主主義(自由・平等・博愛)を得た。
    21世紀はこれを定着させなければならない
    若い世代は民主主義は当たり前のことだと思っている。
    しかしこれは得てからまだ 余年しか経っていない。歴史が浅いのだ。

    まだ世間には戦前の保守主義に戻ろうとする気配が見受けられる。
    これはどんなことがあっても阻止せねばならない。
    戦前の保守主義・国家主義・帝国主義・軍国主義はいかに国民を制圧したものであったかを、
    歴史としてでもいいから知って欲しい。私はこれを伝えたい。

     世紀の日本は、少子化高齢者社会と言われ、稼働年齢と高齢者の比率はやがて4対1になると言われている。
    つまり4人で1人を養わねばならないという。 その線引きは60才前後らしい。

    そして高齢者は、任務を終えた人として、世間はこれを労っている。有り難いと言うべきか。
     自立が困難な高齢者を援助し労ることは良い。

    しかし自立できる高齢者は援助に甘んずることなく、
    今までの自分のノウハウを生かせる分野において役に立てることを考えてゆきたい。

    私も高齢者の域に入って久しい。
    この「にしうら」を通じて、地域の行事や出来事、人々の往来、子ども達の動きを伝えて
    30数年、毎月発行を続け、今回で270号を数える。これからも私の生涯の仕事として取り組んでゆきたい。

    皆様の応援をよろしくお願いします。           (編集長)



    テロ行為犯人の撲滅作戦が続く。ために巻き添えになった無辜の人々の犠牲も続く。

    第2次世界大戦直後の日本の状況が思い浮かぶ。
     中国東北部(旧満州)において、ソ連軍の攻撃や現地人の迫害から逃げまどった日本人の姿が
    アフガンの難民の姿にダブって見える。戦争の犠牲になるのはいつも無辜の民衆だ。

   戦争はいやだ! 

    当時の日本の様子について私の兄(83才)は語る。

    食べ物がない、生活物資が無い、社会秩序も乱れている。まさに大混乱のまっただ中。
    占領していたアメリカは、まず食べものと生活物資を補給してくれたので我々は飢えから救われた。
    なににもまして感謝すべべきは、民主主義の源を教えてくれたことだ。

    にもかかわらず、天皇制を存続させた。
    民主主義と天皇制は一見矛盾しているように見える。
    しかし、日本人の心の中には当時も今もほとんどが、無条件に神を信仰し天皇を尊敬する。
    民主主義は多数意見に従うことがを本旨とする。その意味で天皇制の維持は民主主義の精神に添うもといえる。

    民主主義の浸透は、日本人の勤勉さとあいまって戦後の復興を果たした。
    復興の一番乗りはソニーの携帯ラジオ、次いでトヨタ・ニッサン・ホンダの自動車、
    そして家電製品など、これらがアメリカに進出し,アメリカが受け入れてくれた。
    その時から日本は世界第2の経済大国の道を歩み始めた。

    今日本はアメリカの言いなりになっているとの批判がある。
    しかし、戦後の復興はアメリカの影響が最も大きい。
    もしこれが他の国に占領されていたらどうなっていたであろう。悲惨だ。

    戦後の混乱から今日の日本に立ち上がれたのは、
    ・アメリカが占領していたから
    ・天皇制が維持されたから
    ・日本人は勤勉であるから
    過言だろうか。

    今の経済不況は日本人の油断と傲りがもたらしたもの。
    戦後の試練を振り返り再度奮起したい。必ず立ちなおれる。

    私もそう思います。

    しかし、いろんな見方があることも事実です。

    あなたのご意見をお聞かせ下さい。私たちの日本のあり方を探るために…



     8月15日      

    8月15日は何の日かご存じでしょうか。そう昭和20年のその日、日本は第2次世界大戦に敗けた日なんです。
    その頃のことを知っている人はだんだん少なくなりました。 井出さん81才(4丁目)に話を聞きました。

    召集されて静岡県清水市の高射砲基地に駐屯。当初は海辺に出て漁師さんに魚をわけてもらったりする余裕があった。
    しかし戦争も熾烈となり、本土空襲も頻繁に受けるようになった。
    太平洋から富士山を目標に一直線その真下。一万bの上空を飛来するB29爆撃機、
    これを迎え撃つ射程8千bの高射砲。
    地元の軍需工場は次々に爆撃されて壊滅した。基地は富士山麓に移動。そこで終戦を知った。
    「これで家へ帰れる」を実感。

    10日後、京都西本願寺近くまできたら家がない。近くの借家に住んでいた両親をようやく探し当てた。
    堀川通り拡幅のため強制疎開させられていた。今の立ち退きは充分の補償をもらって立派な家を建てて引っ越すのに、
    強制疎開というのは補償なんて全くなく、近所の人たちが勤労奉仕にかり出されて家を取り壊す。
    それが当たり前だった。
    数日後基地から呼び出されて兵器などの後始末をしながら戦争の終わったことを痛感した。 
    その後在籍した教育畑では、GHQ(占領軍総司令部)の指示のまま、墨で塗りつぶした旧教科書を使って教えた。
    軍国主義一辺倒だった戦争の時代が終わり、最初はアメリカに教えられた民主主義、
    今では日本人の中に自然にとけ込んでいると思う。

    私(78才)、中国北京の北万里の長城寄りの地点に駐留していて知りました。
    それまでは身近なこと以外、外部の情報は全く知らされていなかった。日本本土の大空襲にこと、原爆のこと、
    ソ連の参戦のことも、だから戦争に負けたなんて信じられなかった。

    当時の見たり聞いたりを、貴方の体験を教えてください。おうかがいします。
    「再び戦争起こさないために」

   新成人とおしゃべりができた   

   −21世紀初の成人 おめでとう御座います

    みんな学生だけど、 なにやってるの?
   ・ 経理・化学・運動・コンピューター(それぞれ)
   − 大学出てもラグビー続ける?
   ・ レベルが違うから無理。
   − みんな将来はそれぞれその道を?
   ・ 多分、それを活かして就職をしたい。

   − フリーターどう思う?
   ・ 無職と同じだよ。25才位までならいいとしてもずーとは感心しない。

   − 子どもの頃どう?
   ・ 僕らはそこいら走り回っていたけど、今の子ども達外で遊んでいるのは あまりを見ないね。
   ・ 学歴社会がなくなって欲しい。入試入試は大変。

   ・ ところで、おっちゃん 今でも交通やってんの?
   − うん
   ・ 今の小学生、どう?
   − 変わらない。今でもみんなと友達感覚。

   − 地域に関心ある?例えば「にしうら」読んでる?
   ・ あまり関心ない。でも新聞はときどき見てる。

   − 夏祭の時、楽しそうにお手伝いしてたね。
   ・ あれは楽しかった。
   − じゃ関心持って欲しい。
   ・ 時々適当にね。

   − 政治に関心は?
   ・ 今の政治家。全部代わって欲しい
   − どうして?
   ・ このままでは世の中よくならない。誰がやっても同じという仕組みはおかしい変えないと

   − 選挙権出来たね。初めての選挙、投票する?
   ・ 投票する ・ わからない  (答‥半々)

   − これからどうしたい、どうあってほしい?
   ・ 健康で暮らしたい。
   ・ 自分本位ではなく、他人のことも考えたい。
   ・ 悲しいニュースがなくなって欲しい。
   ・ 早くやりたいことを見つけてやり通したい。

    正月6日、新しく成人になった若者達4人と、語り合いました。
    8年前まで彼らが小学生だった頃、朝の交通誘導を通じてみんな顔なじみだけれど久しぶり。
    お互いもそれ以来滅多に言葉を交わす機会がなかったとか…。



   20世紀を振り返り 21世紀に望みを!! 22  アンケート集です 

   20世紀とか21世紀とか 云うけれど、その分かれ目は、時の流れの通過点に過ぎない。
   日常の生活には何の差し障りもないことだ。その通りだと思います。

   しかし人間は、よく節目を求め大事にします。
   お誕生日・成人式。19年と364日は19才。1日経てば20才。
   多くはその時に思いを新たにします。

   暦は今100年目、そしてもっと大きい1000年目の節目です。

   反省と希望
   「にしうら」編集部は、多くの方々からアンケートを頂きました。 (以下順不同・匿名)


   いつまでもバブル弾けたままにしないで、一からやり直しでもいいから、速く決着が欲しい。
   もう我慢が出来ない.南京都の発展を期待してる。     (46才 男性)

   多くの友達とつき合うことが出来て、楽しい思いをした。
   21世紀は、結婚して自分の店が持ちたい。     (28才 男性)

   悲喜こもごも、それでも喜の方が少し多かったかな。
   残り少ない人生、世の移り変わりを見るのが楽しみ。     (80代 男性)

   今までは、人のお世話をすることが多かった。
   これからは、自分の好きなことをして送ろう。     (70代 女性)

   西浦町の皆さんのおかげでよい人生だった。
   いい年であってほしい。     (58才 男性)

   20世紀最後の年、ミレニアムを締めくくるのはこれしかない。宝くじを買った。
   これが当たって21世紀はどでかいことをやるぞ。     (40代 男性)

   波乱万丈を乗り切ることができた私の20世紀、よくぞ です。
   今の子ども達が苦労しないような21世紀の日本になってほしい。   (36才 女性)

   充実した20世紀でした。
   21世紀はいろんな経験を積んでゆきたいです。    (20才 女性)

   学校でのクラブ活動(水泳部)は楽しいものでした。
   子どもが好きですから、保育士の資格をとって子ども達の育成に取り組みたい。 (20才 女性)

   平凡に過ごしてしまった。これは反省です
   IT革命の時代。パソコンインストラクターの資格に挑戦したい。     (30才 男性)

   振り返って暗い思い出しか浮かばない。
   明るい世の中が欲しい。とにかく健康に留意したい。    (60代才 女性)

   西浦町に住んで33年。
   現実と夢のはざまで、あかね色の空を見ようと、21世紀
   に向かってひた走る。あかね色は、まんぞくの色?  と問ながら……。
   そろそろインターネットを始めようと思います。     (60代 女性)

   受験はしんどかったが、楽しい生活が送れてよかった。
   教えることが好きだから、学校の(高校)教師になりたい。     (20才 男性)

   波乱万丈を乗り越えてきました。私なりに貴重な人生体験をしたつもりです。
   もっといい意味の飛躍をしたいと思っています。     (31才 女性)

   青春が謳歌出来ました。   私は、自然が好きなのでよく山登りをします。
   21世紀もそれがかなう環境であってほしいと思います。     (50才 女性)

   いろんな会合に参加して、いろんな人に出会えて楽しい思いをしました。
   これからも人との出会いを大切にして多くの知識を得たいと思います。
   元気な赤ちゃん産みます。     (26才 女性)

   外国で、その国の人々の家庭を訪問して、素晴らしい体験をしました。
   これからも国籍を超えていろんな人々と交流を続けたいと思います。
   英語をもっともっと勉強しなくては です。     (33才 女性)

   もともとパソコンには興味を持っていたので、
   工作機械もマシニングセンターなど取り入れたりして頑張ってきた。
   いよいよ来年はインターネットで、注文するという会社がでてきた。
   今まで、忙しさにかまけていてなかなか勉強が出来ないままに50才を超えてしまい、
   このまま世の中に取り残されるのかと、不安な日々です。      (52才 男性)


 これからは 21世紀 
    今までは、あまりにも多くのことに手を広げて来たように思います。
    これからは、周りに流されないで、できるだけ奥行きの深い取り組みをしたいです。 
                                 50代 女性

    喜びも悲しみも幾年月の20世紀。
    21世紀は、明るく幸せが更に加わった幾年月になりますように。    55才 男性

    ボランティアなどを通じて、自分ながら充実した人生が過ごせたと思う。
    これからも楽しくやってゆきたい。    38才 女性

    結婚生活を西浦町で過ごした30年間、夫と共に仕事に打ち込むことが出来たことは幸せでした。
    今年、娘に初孫誕生、息子の結婚、二重の喜びです。
    子ども達の自立を助け、私達はこじんまりと過ごしたい。     50代 女性

    いつも人間は深くかんがえないで、鼻の穴から空気を吸っている。
    でも時には「ああ」今日の空気はうまいって感謝する日がなくてはいけない。
    人生というのは毎日毎日なんだから、毎日が人生なんだ、失敗してもいい、言い訳してもいい、
    さぼってもいい、ベストでなくてもいい、息切れしない人生「ほどほど」がいちばん。
    21世紀はこれで行こう        66才 男性



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