妻と二人でドライブツアー
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平成7年正月5日のNHKテレビで「今年の決心」についてアンケートがあり、
たまたま私の言葉がとり上げられたのです。
それは日頃から思っていた「妻と一緒にドライブに出かけること」でした。
それをこの度、ついに実行したのです。
10月19〜21日、妻と2人で山陰を出雲までドライブしました。
妻が寝たっきりになって初めてです。旅行に連れて行きたいなーと思っても、
妻を車に乗せ降ろしするには私一人では出来ないんです。
旅に出てもホテルなどの利用も難しいし、
出発してから帰るまでの間ずーっと車の中の生活になるので、体調と天候などが条件でした。
この度、それらをクリアしての決行です。
10月17日母の3回忌(享年102歳)法要を機会に、
初めて妻をショートスティ(短期ですが完全介護して貰える施設です)に
3泊4日お願いしました。
そこから帰るとき、施設職員の方々の手を借りて車に乗せて貰うことができたのです。
10月19日午後3時施設を出発して、家にも寄らずそのまま国道9号線を北上、
妻の生家のあった船井郡瑞穂町に向かいました。
妻の生家は30数年前に無くなり、両親もとっくに亡くなられ今はお墓だけになっています。
それらは妻が元気だった頃の出来事なので充分知っている筈なのですが、現場に着くや
「家どうしたの お父さんは お母さんは ?」
生家だから、家があり両親も住んでいるんでしょ なのです。
状況の説明をようやく納得して
「じゃ 私 お墓詣りするから靴はかして」
歩けると思っているのです。
一時間ばかりでそこを離れ丹後半島を目指しました。
妻は娘時代を過ごしたことがある福知山市も通りました。
時刻は夜中なので辺りの景色は見えないままに、
宮津・天の橋立て・伊根・経ヶ崎燈台・丹後・網野・久美浜と丹後半島を一周、
眠くなったら道路横の空き地に車を止めシートを倒して仮眠します。
そのまま日本海を西へ香住・浜坂を経て鳥取の砂丘に着いたのは朝の8時でした。
「砂丘だよ 憶えてる?」
「うーん」
いささかあいまいです。病気になる直前の13年前、娘と三人で来た砂丘です。
これが家族旅行の最後でした。
そしてまた 初めての旅行先がこの砂丘です。
「どうしよう ここまで来たんだし すぐそこだから出雲大社まで走ろうか」
「行けるの? 行きたい」
出雲大社。妻はその導きのおかげで私に巡り会え、娘も授かったと信じている、
いわばメッカなのです。このことはしっかり憶えているのです。
天気は上々、紺碧の空に青い海、白波の見える日本海を右に見ながらドライブは快調です。
勿論気になる妻の体調も、OK。
昨年秋兄と二人で、山陰をドライブしたんです。途中大山に登り宍道湖畔のホテルで一泊、
出雲大社を訪ねています。
その時、いつもお詣りしたがっている妻をなんとかして連れてきたいなと思っていました。
それが今実現に向けて走っているのです。米子・安来・松江を経て、
宍道湖畔の南側を走り出雲の大社に到着。
やりました。念願の出雲大社です。午後4時 出発してから25時間。
特別に乗り入れさせて貰った境内で、車の扉もおもいっきり開いて2人で並び、
出会った参拝客の方にシャッターをお願いしました。
2人の写真は何年ぶりでしょうか。
「きれいな方ですね」
同行されている女性の方から声をかけられ、何故かじーんときました。
13年も寝たきりなのに、やつれが見えない妻は、笑顔を浮かべているのです。
「私 お詣りしてくる」
「無理ちがう? 車の中で待ってて」
私の持ち帰った「病気平癒」のお守りを見て
「やー私の? 病気なおるぞ しあわせになるんだー」
来た甲斐がありました。
そこから日本列島を横断する形で広島へ抜けたのは夜中の12時。
車に乗ったまま、充分な睡眠もとらない仮眠の連続。
ときどき車を降りて手足を伸ばせる私はまだ耐えられる。
しかし順調そうに見えても妻の体調が気にかかる。
一応目的を果たしたので帰路に、高速道路を乗り継いで一路京都へ。
21日午前11時帰宅しました。所要時間44時間 走破1100KM
車に乗りっぱなし、とうとうやりました。
家のベッドに落ち着いた妻は、さすがに疲れたのか夕方までぐっすりでした。
そして私も。 妻を喜ばせたつもり。
それは口実で私が楽しんだドライブだったようです。
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