メール友達の介護状況1
私宛に頂いたメールなんです。貴重な体験記録です。
私だけで独占するのは惜しい気がしたので転載させて頂きました。
いろんな方々が在宅介護をしながら、奮闘していらっしゃいます。
ご主人を介護されている TIEKOさんの奮闘記です。
大分暖かくなって病人も介護する者にも過ごしやすくなりました。
春風が気持ちよいので夫を何とか外に連れ出そうと思っていますが、
がんこで「NO」を押し通しています。
以前は近くの散髪やさんまで車椅子を押して連れて行っていましたが、
今は家に来てもらっています。(区で散髪券をいただきました)
月に2回位リハビリの病院に出かける以外は家にとじこもりっきりです。
寝ても起きてもポロシャツにトレパン せめてズボンだけでも履き変えて
「ステーキを食べに行きましょう とか コーヒーを飲みに行きましょうよ 」
息子と二人で誘っても
「めんどうくさい」
時には リハビリに行くときも
「着替えをするなら行かない」
区役所の福祉の係の方も
「夜はパジャマ、朝起きたら着替えをして、生活にメリハリをつけるように」
と言われるのですが…
又 デイケアーやショウトステイの利用も薦められても 耳をかしません。
がんこなまでに自分の殻に閉じこもっています。
何時になったらその殻を破ってくれるでしょうか。
息子と一緒にこれからも努力していく積もりです。
1997/6/4
お変りなくお過ごしですか、私どもも相変わらずです、
未だ夫を外に連れ出すことは出来ないでいます。
でも、ここ二か月かかって、今までのトレパン、
トレシャツから上はスポ-ツシャツに、
下はベルトのズボンをはいて病院に行くようになりました。
月に3〜4回ですが、この服装なら食事に出かけることも出来ますので、
あとは根気強く 夫がその気になるまで待っています。
なんとか今月中には夫の好きなステーキ屋に連れ出せたらと、思っています。
そろそろ梅雨の季節になります。お身体お大事に。
1997/6/20
やっと嬉しいお知らせが出来ます。
昨日主人をステーキ屋に連れ出すことが出来ました。
主人が健康なときによく行ったお店ですので主人にとっても行きやすいところでした。
あらかじめルームチャージをしておいて、
月曜日には散髪やさんに来てもらって身ぎれいにして
(スーツにネクタイとはいきませんでしたが)こざっぱりした服装で出かけました。
現地に着くと息子が待っていてくれて、
階段の上り下り、トイレの介助もみんなしてくれました。
お店の人も「よくいらっしゃいました]ととても歓迎してくださいました。
久しぶりに美味しいワインや海鮮のオードブルや
ヒレステーキなどお腹いっぱいいただきました。
一度出て見て不安が解消したのでしょう、又きますからと、8月の予約をとってきました。
私も少々緊張してせいか疲れましたが、これで一歩前進です。
又次回のことお話します。
気候不順のおり お身体お大切に。
やりましたね。念願のステーキ外食 心から拍手を贈ります。
奥様のお心遣い ご主人もきっとお喜びになられたことでしょう。
この次はリラックスして 一緒に楽しまれたらよろしいですね。
パジャマからの着せ替えってなかなか大変ですよね。
あまりムリをされないように
お互いに介護する者の健康も十分に心がけましょう。
ではお元気で…。
97-8-2 ちえこ
お変りなくお過ごしでいらっしゃいますか?
私の母が京都の出で、京都の夏はとりわけ暑いといつも言っておりました。
七月初めに息子が結婚いたしました、これまで主人と私がかわるがわる病気をして
(この十年間に主人が二回、私が八回の入退院をしました)
両親の世話で結婚どころではなかったのでしょう、此のところ私もようやく安定してきました、
息子には何時も申し訳けなくおもっていましたので、可愛いお嬢さんを連れてきて、
「結婚したい」と、言われた時はとても嬉しかったです。
家から歩いて二分位のところにマンションを借りて新生活をはじめました。
でも車庫は家のを使っていますので、毎朝「おはよう」と言ってきて、
「行ってきます」と言って出て行き、夜には「ただいま」と言って帰り、
「おやすみ」と言ってマンションに帰っていきます。週末には二人で食事に来ます、
家族が一人増えて良かったとしみじみ感じている今日この頃です。
97-12-16
、泰子様お変りなくお過ごしでいらっしゃいますか
今日は悲しいお知らせをすることとなりました、
夫が12月7日午後9時7分逝去いたしました。
何時もと同じに早めの夕食を済ませ,ベッドで横になりテレビを見ていました、
嫁が着て「パパ今晩わ」と言ったら「今晩わ」と大きく手を振ったそうです、
それから20分後私がお薬を持っていきました、
「あら、もう寝ちゃったの」・・・・
直ぐに息子が心臓マッサ-ジをし、
救急車で近くの国立病院に運ばれましたがもう既にこと切れておりました、
安らかに眠ったまま逝ってしまいました、闘病生活10年いろいろなことがございました、
特に看病疲れで私が何度も入院しましたが,
最期は何の世話もかけずに静かに旅立ちました、
通夜,葬儀、告別式、初七日と,慌ただしく過ぎようやく一人ぼっちを実感し始めたところです。
でも息子が毎晩泊に来てくれますし、来春には一緒に住むつもりでおります、
内田様にはなにかとお励まし戴き私の心の支えになりました,
本当にありがとうございました。又今後も折にふれ、お便り差し上げます.
千枝子 様
御夫君のご逝去 心からお悔やみ申し上げます。
久しくメールが無いのでどうされたのかな、と案じていました。
まさか ご不幸があったとは 残念です。
亡くなられたときのご様子 其の後始末 淡々と述べておられますが
辛いだろうと お察しいたします。
これからは 親孝行の息子さん 可愛いお嫁さん やがて加わるお孫ちゃん
新しい家族の中で新しい幸せが築かれることをお祈りしています。
私の方 妻の体調 少し芳しくなくなりました。
長く寝たっきりになっているとやがては衰えること 覚悟はしておかないと と
自分に言い聞かせながら 出来るだけのことはしようと 努める毎日です。
これからは寒さも厳しくなります。 お体をお大事に
98-5-30 千枝子
内田健二様
メ-ル、そしてホ-ムペ-ジ拝見いたしました、
泰子様のご冥福を心よりお祈り申し上げます、
本当に長い間の主夫業ご苦労様でございました、泰子様もどんなにか感謝な
されていらっしゃったことでしょう、最期は安らかに眠られたご様子、
故人にとっても、介護する側にとっても、なによりのことでございます。
私も夫を亡くしてから早6カ月経ちましたが、夫の居室も未だ手つかずで、
息子達が「旅行にでも行って来たら」と言ってくれますがなかなかその気になれません、
結婚して今まで夫の為、姑の為、子供の為、いつも誰かの為を思って生きてきました、
今になって自分の都合で寝て起きて、自分一人だけの食事を作り・・・
なんだか生活のはりと言うものがなくなってしまいました。
昨日やっと相続税申告のための書類を整えて税理士の方にお願いしました、
これから夫の生前お世話になった方がたにお礼のご挨拶廻りをする予定でおります。
息子は相変わらず毎日顔を見せてくれます、週末には夫婦で泊にきて、
日曜日はあちこち美味しいものの食べあるきに連れて行ってくれています、
おかげですっかり太ってしまいました、いずれはわが家に同居となると思います、
何時まで健康でいられるか解りませんが、何時かは子供の厄介になることでしょうから・・・・・
内田様もお身体に充分お気をつけてお元気で充実した毎日をお過ごしくださいますよう、
又お便りいたします
99-1-1
お元気ですか、過ぎてみれば束の間の一年でした、まだまだなにも片付かず、
一人暮らしをしています、相変わらず息子は毎日顔を見せてくれますし、
いろいろ美味しいものを食べに連れていったりしてくれて、
おかげで私はすっかり太ってしまいました、今年は先づ減量しなければとおもっています、
内田様もどうぞ何時までも健康に留意されてお元気にお過ごしくだされますよう。
「主夫」してます ご本に纏められた由何時も前向きで行動力のある貴方にただただ
感服いたします、私等ボ-ツとしてあれよあれよと 一年間過ごしてしまいました
夫の介護についても毎日追われて疲れ果てて書きものをすることもできませんでした、
ご本是非拝読させていただきたいとおもいます。
99-1-5
早速にお送りいただきましてありがとうございました、遠慮なく頂戴いたします、
シンプルで美しく、活字もとても読みやすく、老眼鏡を使わなくても良くよめます、
インタ-ネットで度々読ませていただいていましたが、写真も鮮明で又新しい感慨を覚えます。
取り敢えず御礼まで 千枝子
こんにちは.
私の夫の父(59才)も今年の2月くも膜下出血で倒れ,
クリッピングの手術をしました。
手術前、医者の説明では、命が助かっても何かしら障害が残ると言われました。
恐ろしい術後の合併症もなく、
幸い手足の障害はでませんでした。
勿論2ヶ月も入院していたので、筋力が落ち歩行は大変そうですが、
意識の方が戻らず(10日間も!)植物人間になってしまうのかな、と心配しました。
記憶障害が出たようです。手術前後から記憶が出来ないようです。
眠ってしまうと、まるでパソコンをリセットするように記憶がなくなってしまうのです。
思いだそうとすると 手術前の記憶にたどり着いてしまうようです。
GW中に叔父(父の弟)が遊びに来ていました。
目が覚めているときは元気なときの父のままで、
「こんなに元気になんだ、すごいだろう」
と言い合っていたのですが、父が居眠りを始めたので、
そろそろ寝るかということになり叔父は別の部屋へ行きました。
その後父は目を覚まし、
和室に敷かれた布団(私たちが眠るための)を見て
「茜ちゃんはどうしたのかな、頭が見えないけど…」
茜ちゃんは兄の子供(つまり孫)、父が入院中、
仕事のためアフリカに旅立ちました。
少し前までは
「アフリカは暑いだろうな、どうしてるかな」
と自分で話していたのに です。
父は病気前はかなり体力があった方なのですが、
リハビリする気はあまりないようです。
家にじっとして居られなかった人なのに、
ソファに横になりTVを見て居眠りしています。
(勿論その都度記憶がリセットです)
食欲はあります。私たち以上に食べます。
トイレは出来たり出来なかったりです。
歩かない状態が続くとよくないので、母と相談の上、1ヶ月以内という期間限定ですが
リハビリ施設が充実している近くにある病院に再入院させました。
父は家族のためにがんばったのですよね。 今は休養期間なのかも…
でも、このまま枯れてもらっては困るので頑張ってもらわないと… とも思ったり。
意識が戻ったばかりの頃は、
親戚どころか息子達の顔も思い出せなかった様子でしたが、
孫のことだけは分かった様子で手を伸ばしたり、涙を流していたのです。
あの子たちが近くにいれば、
父もがんばってくれるのかなぁ など色々考えると暗くなってしまうのですが、
「主夫」のHPを見て、私も頑張らねばと思っています.
父の障害は一過性なのか、当分続くのかは医者でも判断しかねるものだそうです。
(今の病院の同室にも同じ症状の人が、入退院を繰り返しておられます。
頭のはっきりしてるときには礼儀正しく感じの良さそうなおじさんなのですが)
また,市の福祉関連の知識なども記載して頂けると良いと思います.
(今回初めて在宅看護では’おむつ’が無料ということを知りました 千葉だけなのかな?)
それでは これからも頑張って下さい。
主夫」「主婦」しながら 在宅介護
インターネットを通して 仲間の輪を拡げましょう
これからもよろしく…
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