19  介護の原点

訪問入浴サービス おしゃべりしながらリラックス


 寝たっきりは自分で寝返りが出来ないので背中が圧迫されて、汗がたまるし充血もします。
 血液の循環が悪くなるとすぐに床ズレが出来るんです。
 それを防ぐにはお風呂が最もよいのです。
 しかし病人をお風呂に入れるのはたいへんなんです。

 私の場合
 始めの頃は、妻の脚も引きずりながらでも動いたので、
 娘と二人で抱えながらお風呂場まで連れて行き、一緒につかりながら洗うことが出来ました。
 それが何時の頃か右脚を非常に痛がるので入院させて診て貰ったら、
 大腿部を骨折していました。

 寝たっきりになると運動をしないので、
 骨が非常に脆くなって僅かのはずみでも骨折しやすいとか。
 いまさら切開して手術するのもかわいそうだからと、そのまま固定しました。

 それからは右足が動かなくなり車椅子にも自分では移動が出来なくなりました。
 また私も、妻を抱きあげてお風呂場まで連れて行くには体力も持たなくなってきました。
 その後は、専らタオルで全身を拭く、いわゆる清拭を続けましたが、
 やはりお風呂に勝るものはありません。

 ある時訪問の看護婦さんから、移動入浴サービスのあることを聞き早速、
 福祉事務所に手続きをしたら、
 京都老人ホームの訪問入浴サービスを受けることができるようになりました。

 訪問入浴サービスとは、特殊設備の自動車で沸かしたお湯を、
 ベッドの横まで運び込んだ簡易浴槽にパイプで送るから自分の部屋で
 お風呂に入れて貰えるんです。

 マンションの6階に移ってからは、
 自宅の浴槽で沸かしたお湯を同じようにパイプで送ります。

 サービスの方々は、男性のチーフと看護婦さん2人の3名が一組で、
 先ず看護婦さんが病人の体調を検査して、異常の無いことを確認してから、
 3人で抱き上げて浴槽に入れ体を洗って貰います。

 皆さんは終始にこやかです。言葉遣いや接し方なども心から優しいんです。たとえば
 「体 洗わせて下さいね」 「爪切らせてね」 です。
 「体洗いますよ」 「爪切りますよ」とか
 「体洗ってあげますよ」 「爪切ってあげるよ」とか  
 してあげる じゃなくって 介護をさせてもらう という心構えなのです。

 介護の原点は してあげるじゃないんだ を識りました。頭が下がります。

 始めの頃、妻の体が硬くて扱い難そうでしたが、次第にほぐれてきました。
 心が自然に開いたようです。
 今では サービスの方々とお話もするようになりました。

20  「私 百歳まで生きる」

 先日NHKテレビで、治療の限界を超え植物状態になっている病人を、
 看護によって回復させようと取り組んでいる、札幌の脳神経外科病院で取材された番組
 「あなたの声がききたい」を妻と一緒に見ました。

 「私あんなになってまで 生きていたくない」
 「君も長い間おしゃべりも出来なかったし、
   ご飯も自分で食べないから鼻からチューブで点滴したり、
   口を開けさせてパパが一匙づつ食べさせたのよ」

 「へーえ 知らなかった」
 「何も覚えてないの」
 「覚えてない 私 何で?」
 泰子の 今の状態 云っていいのかどうか迷いました。

 いくら意識が衰退しているとは云え、もしそのことを理解したときに、
 どんな反応を示すかが心配でした。
 反面それがショックになって意識が元通りになったらいいのに
  との思いもあって いいました。

 「10年前、君の頭の中の血管が破裂して大手術したの、
  それから長い間意識不明になっててね、
  あのテレビの病人さんのように、何を云っても知らん顔してたし、
  ご飯も食べないからパパがスプーンで君の口の端しっこからお粥を流し込んだりしたの。
  それもなかなか飲み込まないから 
  ゴックンしなさいって何回も促したり 随分困ったんだよ。
  それがこんなに良くなったんだから 生きていたくない なんて云っちゃダメだ」

 手術の跡を自分で触って
 「わたしの頭 凸凹」

  
 わかったのかな と瞬間思いました。がすぐケロッとして
 「じゃ 私 百歳まで生きる」
 「君が百なら パパ百六歳 そこまでは無理ちがう」
 「お母さん元気?」
 いきなり話は方向転換。とっくに亡くなられた自分の母親のことに移る 

 今の会話はその場限り、既に消えて記憶に残らなかったらしい。意識の回復は従来通り。

 
 意識不明の病人でも
 介護次第(刺激の与え方でしょうか)ではある程度の回復はあります。

 妻の場合、あったこと話したこと、みんな記憶に残らないから、
 回復したと言っても意識は健常人の半分以下ということ。でも よくもここまでの思いです。

 平成4年6月11日 良太んに妹が出来ました。

 主夫業 これからますます忙しくなりそう。

21  良太ん誰の子?

 娘が、二人目の赤ちゃん(奈緒美)を一ヶ月検診の帰りに初めて連れてきました。

 「やー チャコ 赤ちゃん産んだん 一人?」
 「良太んいるから二人目」 横にいる良太をみて
 「この子 誰の子」
 「この子が良太 チャコの子」

 毎日一緒に遊んでいるのに 昨日だってそうだったのに 憶えていないのは相変わらず。

 横に寝かせているお人形見て
 「この子 息してるの?」
 いまだに 人形と赤ちゃんの区別が曖昧。

 ※ 意識とは 
  @ 今していることが自分で分かっている状態 
  A 対象に対する認知を意味する等      ー広辞苑よりー

 傷病により脳障害が残ったり、年齢的に脳機能が低下した人は、健常人に比べて@ A
 とも著しく低下 します。意識障害者です。本人はその認識はありません。

 そういう人に接していたり介護している人でも、この意識障害現象に気づかない場合が
 多いのです。
 また気づいても 身びいきからそう思いたくないこともあって、
 健常人に対するのと同じように接しているのを見かけます。

 そして 何故こちらの云ってることが通じないかなと 訝ったりイライラしたり。
 時には厳しく当たったりすることもあります。
 そのために、病人よりも介護者が精神的に不安定になる場合があります。

 
 そんなとき、意識の低下した人は、幼児になったんだ って考え方を切り替えると
 楽になります。
 だって 赤ちゃんはこちらの云うこと理解していないんだから、
 腹を立てても始まりませんよね。

 私の体験からです。
 妻は脳障害からくる意識低下人間 文字通り幼児化です。
 加えて孫二人、幼児三人を相手に私もレベルを近づけてつき合う楽しい毎日です。

22  水平思考

 互いにレベルを近づけての仲間つき合い 必要ですね。

 こっちが椅子に腰掛けていると、孫もテーブルによじ登って来ます。
 「テーブルに上がってはダメ 降りなさい」
 って云う前に こちらが床に座るとサッサと降りて来る。
 子どもだって見おろされるより水平視線の方が、
 より親近感も深まり仲間意識が芽生えるんです。

 失敗もありました 。
 良太ん、食べたものを口からブツブツそこいらじゅうにバラまいて
 「どうしたのお行儀の悪い」
 ママに叱られてる。

 原因ありました。その前日私が 琵琶の種子飛ばし をして見せたんです。 
 キャッキャッ喜ぶ孫よりも、
 私の方が調子に乗って部屋の端から端まで飛ばしてたんですから。

 昔 私にこんな仲間がいました。
 公園の横を通った時、遊んでいた子どもが手を振るので私も手を振って応えました。
 その子と一緒にいた子どもどうしの会話が聞こえました。
 「あの人誰? 知ってるの?」
 「うん ともだちや」

 私振り返ってもう一度手を振りました。子ども達もまた手を振っていました。
 4つの男の子が 私のことを友達だと見て呉れてたんです。

 知らないところで仲間が出来ていました。
 その子今は小学5年、集団登校の副班長、毎朝
 「おはよう」
 今でも 続いてます。 友達‐仲間‐いい言葉です。

 相手を 見おろしも見上げもしないで水平に接すること。水平思考、
 互いに理解し合い差別感をなくすることが出来るので私は好きです。

 この水平思考  先ず夫婦・親子の間から実践したいものです。