14  夫婦春秋 (その一)

 何故 何で どうして 夫が 妻が 子どもが。

 身内の者が、突発事故や重い病気になったとき、誰しもこんな思いにかられます。  
 これらのこと、今まで見たり聞いたりしていても、
 気の毒だなと思う程度でいわゆる他人ごととしてしかとらえていませんでした。

 それがわが身にふりかかった時、とっさには言葉も考えもでません、
 目の前、頭の中は真っ白になります。

 私 今度のことで 他人の痛みがやっと分かりました。

 
 夕食準備のお買い物しての帰り道、ある奥さんが、
 「うちのひとに
  ー私にモシものことがあったら、あなた『主夫』してくれはる?ー って聞いたら
  ーそりゃムリだよー  ですって。心細いと言うかくやしくって」

 「旦那さんのその返事でいいんですよ
 そんなこと考えるより モシもにならんよう ムリせんとき が旦那さんの心の内。
 それを ああいいよ任しとき なんて言われたら 
 私病気になっても平気なんだってかえって寂しい思いをするでしょう。

 そういう会話が持てるのは、日頃信じあってる証拠じゃないですか。」
 「そんなものかしら」
 納得されたようなその奥さんの顔には、晩ご飯の支度に弾む心構えが見えました。

 私も、少しでも早く帰って泰子と一緒に食べる夕食の支度をしようと思ったら、
 手にした買い物かごが軽やかに感じられました。

 一般に、夫が病気になったときは妻が介抱するのは当たり前で、
 妻が病気のときに夫が介抱することを特別のように見る風潮があります。おかしいと思います。
 男だから女だからではなく、夫婦は互いに五分と五分。お互いなんですよね。

 今の若い人達、ことさら意識しないで自然のこととして振る舞っています。 立派。

 

15  夫婦春秋 (その二)

 「お前」って言葉、私は嫌いです。
 「お前」って云うのは、目下のものに言う一方的な言葉です。

 男同士では、親しい仲間内ではよく使いますが、
 これは、親しみと信頼関係を表現する言葉として
 「俺」「お前」って互いに呼びあうからいいんです。

 仲間でもないのに一方的に「お前」っていう人がいます。
 自分は相手に親しみを表現しているのだ、と言いますが 独りよがりの詭弁です。

 一方的に使うのは、自分の方が相手よりも優位であることを誇示したいからです。
 言われた相手は 何を偉そうに って不愉快な思いをしていることに気づいていない。
 雰囲気を壊します。

 今どき職場でも、社長だから上役だからって 社員や部下に向かって
 「お前」呼ばわりしたら親しみどころか嫌われて反感をもたれますよね。

 男女平等 夫婦は互いに五分と五分と言われる今日、夫を「主人」と言い、
 妻を「お前」と呼ぶのは主従関係そのもです。
 これが当たり前のようにまかり通っているのはおかしいと思います。

 たかが呼び方 かも知れません。しかし一方的に言うのは相手を見下す言葉。
 その使い方いかんでは差別したことになるのですから気をつけたいものです。

 あらゆる差別をなくそうと言っているとき、最も身近な夫婦間の
 「お前」が無神経に見逃されている。
 ナンセンスです。差別をなくす手始めはここからです。

 私 軍隊時代には部下に対して「お前」を使いましたが、以後使った記憶がありません。
 勿論結婚当初から「君」「あなた」でした。子どもが出来てからは 「パパ」「ママ」に。

 その点 若い夫婦は名前(愛称)で呼び合うことが当たり前のように増えてきています。

 今日も晩ご飯のお米をとぎながら
 「ママ 今晩 何がたべたい?」
 「パパの好きなもん」

16  介護疲れで時には限界も

 病人の介護は女性の役割だとする見方が殆どです。
 だからそれが長引くと主婦の負担は大変です。

 「しんどい もういや誰か替わって!」
 正直 悲鳴をあげたくなります。

 愛情をもって当たればそんなこと克服出来るだろうって言います。私もそう思っていました。
 でもやってみてそれが全てではないことと、介護は女性の役割だとするのも偏見です。

 介護を女性、しかも主婦の仕事だと押しつけられたら、誰だって悲鳴をあげたくなります。
 そんなとき、男でも女でも家族の誰かが替われると助かります。

 二人っきりの世帯ではそうはいきません。
 「誰か替わって…」

 私の場合
 娘が結婚してからは、妻の介護は私独りの負担になりました。

 そこで私は、
 介護を日常生活の一部としてプログラムの中に組み入れて特別扱いしないことにしました。
 どうしてもプログラム出来ない部分は、家事でも仕事でも、時には介護そのものも、
 無理しないで思い切ってカットし、最小限度のことしかやらないことにしたんです。
 これが長続きさせるコツだと知りました。

 介護って、どだい看護婦さん並みには出来っこないんですから。それでも
 「しんどい もういや 助けてー」  
 って叫びたいとき 逃げ出したいときってあります。

 そんなとき、その場で何もかも放り出して見ぬふり聞かぬふり、
 たとえ僅かな時間でも自分の好きなことに没入することにしています。
 私にはパソコンがあるのと ごく近くに住む娘にSOS出来るので助かります。
 おかげで去る二月には西浦町の旅行に参加、楽しみました。

 もう一つの方法。
 行政を利用することです。遠慮しないで福祉事務所の窓口を叩くんです。

 福祉行政は充実してきました。ただし今の助けには間に合いません。
 普段からしんどくならないための利用法です。あらかじめ計画を立てて置くことです。
 定期的に、看護婦さんやヘルパーさんの訪問を受けて、
 着替えや食事・掃除・洗濯・買い物など、日常の世話を受けることも方法です。
 お風呂にいれてもらえるサービスもあります。

 介護者の都合で何時間か外出したいとき、予約しておけば一時的に病人を施設に預かって貰えるし、
 数日に及ぶときでも同様です。送り迎えもして貰えるんです。

 病人の介護、独りで思い悩むことのないように気楽に長続きさせることを考えましょう。

17  良太ん(孫) ゴメン

 孫と過ごすひとときは楽しみの一つです。

 ところが、大失敗をしました。

 平成4年4月17日の夕方 いつもの通り公園で遊んでいたんです。
 「危ないっ 」
 止めに行く間もなく、他の子どもが勢いよくこいでいたブランコに近づいて跳ねられました。
 右頬骨の上をザックリ。すぐ救急車で運び込み七針を縫う大怪我をしました。

 幸い精密検査では他の障害が出ていなかったので安心はしたものの 
 私の責任 良太んには申し訳なくって。

 滑り台から落ちた、木綿針やたばこを飲み込んだ、
 ガスコンロに手をのばして熱湯の鍋をひっくり返した、
 階段から転げ落ちた等など、子どもの事故の話を数多く聞きます。

 私はいつも気をつけているので絶対そんなことはさせない つもりだったのに…。
 子どもはいくら注意していても、万全ではないことをいやと言うほど知りました
  ましてや幼児の場合はなおさら、瞬間の出来事なんです。

 私 これに懲りて孫の世話なんてもうごめん なんていいません。
 だって、親は自分の子どもがどんな状態になろうとも見放すことは出来ないんですから。

 娘は幼いとき、交通事故にあって全身打撲を受けたが奇跡的にかすり傷だけで命が助かっている。
 この事故で身寄りをなくしわが家に引き取った時、周囲の心配する人からの言葉がありました。
 「後遺症が残って障害をもつ子どもになったらどうするの 負担になるだけじゃない」
 「そんな心配せんといて たとえ障害児になったとしても一生この子の面倒見ます
  本当の親やったら わが子が障害児だからって見捨てたりしないでしょう
  おんなじことです この子は私の娘やもん」
 このとき泰子は言い切ったんです。はじめて得た母親としての実感なのでしょう。
 この言葉 私も胸にきざみこみました。

 娘はその後、後遺症は全く残らず健全に育ちました。そして私達に孫を見せてくれたんです。
 私にとって 娘の生んだ子どもは私には愛しい孫 切っても切れない仲です。
 これからも、もっともっと前向きで世話もするし相手にもなってゆくつもりです。

 良太ん今度のことは 本当にゴメンネ
 今日も 妻のベッドに上がり込んで キャッキャッ ごっきげん しています。

18 幼児どうし

泰子さんの車椅子押してあげる
ヨイショ ヨイショ
やったー


 孫が訪ねて来たときの妻の喜びようはもう、時には外から靴のままベッドの部屋までトコトコ
  妻はあわてて
 「お靴お靴」
 といいながらも身体を乗り出して
 「おいでおいで」

 横にある座テーブルを踏み台にベッドに上がり込んだ孫、
 二人は何やら歓声を上げお布団を叩き合っている。

 妻は寝たっきりが長いので、脚の骨が脆くなり、
 皮膚も弱っているのか私が少しでも触ると極端に痛がります。
 なのに、孫がベッドではしゃぎ、はずみでその脚の上にのっかった時でも、
 一瞬顔をしかめるだけ ニコニコ 後で聞いたら
 「あ そうだった? 覚えてないもん」

 寝たっきりで意識が幼児化した妻と、一年数カ月の孫、さも幼児どうしのようなつき合い、
 言葉が充分に話せ無くとも互いの心が通じているのでしょうか、見ている私の心も日頃の…
  が吹っ飛ぶように和みます。

 「あの子 どこの子?」
 「チャコの子やから ママのお孫ちゃん」
 「チャコ産んだん? でも私おばあちゃん 違うもん」
 を繰り返しています。