は  じ  め  に

 
  表題 『主夫』してます は、昭和54年から毎月一回継続して発行してきたわが町
  (京都市伏見区深草西浦町)の地域情報紙「にしうら」に、
  平成2年10月から同6年まで33回と同7年11月から同10年3月まで17回にわたって、
  私が妻を在宅介護しながら体験したことなどを思いつくままに記事にして連載しました。

  また、平成8年9月開設した、インターネットのホームページにも掲載しました。

  お陰様で、「にしうら」を読んで頂いている方々や、ホームページをご覧になった
  全国の方々から多くの励ましを頂きました。有り難うございました。

  このたび、これを始めから読みたいという方々の求めがあったことを機会に、
  私も読み返してみて、元気な時はマルチママだったのに 突然幼女となった
   妻「泰子」 ともに過ごした15年間の日々がいとおしく、
  また実に多くのことを学んだことを改めて知りました。

  今ここに、一冊の本にまとめて泰子の霊に供えたいと思います。



1 『主夫』してます

 
                                平成2年10月
 パソコンで しゅふ=@と打つと 主婦=@が出てくる。
 主婦=@とは家事一切をまかなっている女性のこと。
 ただ今、わが家の家事をまかなっている私、男性だから 主夫=@ということにする。
 新しくパソコンに単語 主夫=@を登録しました。

 「主夫」になって最も苦労するのは、何と云っても毎日の食事の献立です。
 面倒もさることながら、始めから何を作るか決まっていれば何とかこなせるんですが、
 ただ、何を作ろうかなーって考えるのが大変。

 奥さんが、今晩の献立何にしようかなーって迷った時、たまたまそばにいる旦那さんに、
 「あなた 何が食べたい」
 「何でもいいよ」
 普段はあわただしい食事も、今日はたまの日曜日、外食もいいけれどゆっくりくつろいで
 家での食事に、あなたの好みに合わせて妻の腕を振るおうと思って聞いているのに、
 どうでもいいような返事をして、もう…です。

 旦那さんの方は
 奥さんの作るものは何でも喜んで食べるんだからお任せって気持ちなんだけど…。

 私の場合
 いつも、私がそれなりに考えて作ります。
 妻は脳出血の後遺症から自発能力が無くなりました。
 ですから、自分から ああして欲しい、こうして欲しい という意思表示をしません。
 全てお任せ、当然されるままです。
 食事でも 何を食べたい ということは無いようです。
 出されたものは少々多くっても何時間かけても最後まできれいに食べます。
 おいしいのかまずいのか伺うことはできません。

 たまに私が献立に思いあまって 返事のないことを承知しながら つい
 「泰子(妻) 何が食べたい?」 
 「何でも」  です。

 買い物かご下げて材料の買い出しです。こんな姿、当初は本当に抵抗がありました。

 従来、それは女の仕事だと決めつけていたから。
 〃男女同権なんだから買い物・洗濯・お炊事・育児等々 家事は男のすることじゃない〃 
 なんていうのはおかしい、とは頭の中ではわかってたつもりなのに、いざとなるとこのザマ。
 やはり男の見栄が心の底にあるんでしょうね。大正末期生まれの私達の年代は特に です。
 誰も構っちゃいないのに。今ではすっかり慣れました。

 いつものお店では、奥さん方の顔見知りも増え、時には気楽に会話も出来るまでに…。



2 「お茶」は歩いてこない

 私達結婚して暫く経った頃、こんなやりとりがありました。

 「お茶」
 「お茶がどうしたの」
 「飲みたい」
 「始めっからそう云えば… お茶は自分から歩いてこないわ。
 「ハイ どうぞ−」

 「お茶」ゆうたら ハイって持って来るのが当たり前やないか、
 何を今更…   心の中でブツブツ。
 以来「お茶が飲みたい」と云うようになりました。

 夫婦は元来、夫は外で働きは妻が家事一切を担当する。
 が私の考え方でした。だから
 夫が「お茶」「新聞」「灰皿」と云えば
 妻はそれを「ハイ どうぞ」って持ってくるのが当り前で、
 これが和やかな風景だと思っていました。

 「お茶がどうしたの」って云われた時
 今までは通用していたのに、
 今日は妻の虫の居所でも悪かったのかなぐらいにしか思わなかったのです。
 或いはそうだったかも知れませんが…。

 でも、「お茶」ってのはいかにも一方的な言い方ですね。
 命令してるようで。
 不覚でした。それからは改めました。

 夫婦間の男女平等は
 夫は外で働く大変な仕事を受け持ち、妻は楽な家事を担当する。
 このように区別してそれぞれの責任を果たすことだと思っていました。
 これで妻をいたわっているつもりだったんです。

 どだい、外で働くことを大変なこととし、
 家事を楽な仕事だと決めつけていたこと自体が大きな誤りでした。
 頭の中ではわかっていても、云われなければわからない。
 男の身勝手さでした。

 でも互いに健康なときはこれでもいいんです。

 今度 「主夫」してやっとわかりました。
 掃除・洗濯・炊事・片付け・育児・近所つき合い等々、
 どれ一つをとっても、家事って簡単なように見えてなかなか大変なんです。
 肉体的もさることながら、
 心労の休む暇がありません。

 私は今、愛妻家の本領を発揮し、
 病気の妻に代わって…。




3 ぬかづけの味

 また食事の支度の話しになりますが。ホント毎日なんだから。

 相も変わらず 今晩のおかず何にしようかなぁー で悩んでいます。

 どうしても考えつかない時ってあるんです。
 エーイ面倒、そんなときはお惣菜コーナー直撃です。
 便利なものです今は、何でも売ってるんですから。味の好みが少々合わないことさえ辛抱すれば、
 手作りそっくりのお惣菜を そのまま食卓に並べたらよいだけですから。
 今日は手抜き 今日は手抜き  と心の中でつぶやきながら陳列棚を物色します。
 これにご飯と味噌汁それに漬物さえあればOK ときどき手抜きしてます。

 漬物は昔妻が作っていた糠漬けの味が忘れられず、今私が漬けています。
 自己流の糠床を作って、胡瓜と茄子を入れたのですが当初は加減メチャクチャ。
 塩辛いやら水臭いやら惨々。がこの頃ようやくコツがつかめてきました。
 適度の塩とよく混ざった糠の中に、胡瓜は丸ごと、
 茄子は縦切り半分にして入れてしっかり押さえ込みます。
 24時間が食べ頃。それに毎日一回ぬかをよくかき混ぜて空気を入れることがコツのようです。
 もう日課になって 手の臭いも気にならなくなりました。

 妻もだまって食べているので及第なんでしょうね。
 こんなに苦労して作った食事、妻はおいしいとも云わず黙って食べている。
 様子がわからないはじめの頃は、
 「パパ(私のこと)が作ったんだぞ 美味しいか」 催促しました。
 「美味しい」 
 「美味しいかったら美味しいって云ってよ 一生懸命に作ったんだから」

 妻は何を食べたいという意思表示はしません。また美味しいかどうかの意思表示もありません。
 出されたものはひたすら残さずに全部平らげます。
 苦労をして作った食事、なんにも云わずに食べているのを見ると張り合いがない思いにかられる。
 でも、いちいち美味しいのどうのって口に出さないのは、
 それで満足してくれているんだと思えばいいんだ。

 主婦している人達、みんなそんな気持ちで食事を作るから毎日のお買い物も楽しいんだね。
 私も見習おう。

 初めての頃、買い物かご抱えてお店の中歩くのものすごく抵抗有りました。
 陳列の品物をろくに品定めもせずにかごに放り込んで勘定済ませ、
 ひとの顔も出来るだけ見ないようにして、一刻も早く立ち去ることばかり考えていました。

 今では余裕もできて、顔見知りの奥さんと簡単な会話もするようになりました。



4 洗濯をする

     
 寒かった長い冬を耐えて咲き続けた庭のさざんかの花、それも今は落花しきり。
 赤いカーペットを敷き詰めたように彩っている。冬の終わりを告げるかのよう。
 南の方からは梅花の便りも聞こえて来ました。

 初めて洗濯かごを持って物干しに上がった時、周囲の目が全部自分に集中しているように思いました。
 オーバーではなく本当にそう思ったんです。今思うとバカみたい、笑えます。

 男が洗濯をするなんて、ましてや女物の下着を干すなんてことは恥ずかしいことだって思っていた。
 だから、洗濯物はつまみ上げて次々ぶらさげるのがせいいっぱい。
 一つ一つ丁寧に引っ張って皺を伸ばして干すなんて考えもしない。
 少しでも早くその場を離れよう そればっかり。
 取り入れも暗くなってから、シワクチャなのをそのままかごに放りこんだりして。

 今はシーツの皺を丹念に手で叩いて延ばしながら、物干しから周囲の景色を眺めたり、
 道行く人の知った目が合ったりするとニッコリする余裕が出来ました。

 何なんでしょうね 慣れでしょうか。それとも主夫の自覚?でしょうか。
 そればかりではないような気がします。

 いつかテレビでこんなやりとりをみたことがあります。若い主婦が 
 「家族のものと自分の下着と一緒に洗うのが嫌だから別々にしてる。
 夫のパンツは触るのも不潔なので手袋して扱っているんですよ」  とか
 さも自分は潔癖家だって言わんばかりに。それでその主婦、家族に愛情持っているんでしょうか。
 夫婦間の愛情も冷めてるんでしょうね。かわいそうに思いました。

 私勿論、妻の下着も自分のものも一緒に洗濯機に放り込んで ガラガラガラ。

 
 それにしても春が待ち遠しい。